Date : 2015/1/31-2/1
Member : ちえ蔵、組長
Timeline :31日:リフト終点1016~1530BP2380m付近
1日:BP0536~0703東稜取付き~登攀開始0835~1405竜頭峰~1523BP(テント撤収)~1845リフト終点~1915スキー場駐車場

八ヶ岳において、最も素晴らしいアルパインクライミングだった。


あるアルパインクライマーが言った。
「山の良し悪しは、ビビる山かそうでないかだ」と。

その言葉の是非はともかく、今回僕らは本当にビビっていた。
金曜日は、南岸低気圧の影響により、東京でも雪が積もった。土日は教科書通りの強い冬型に移行し、酷寒と強風の予報だ。

予想気温-20℃。風速18m。僕らは困難ではなく、危険を感じていた。だけど、よく話し合って行くことにした。
ルートは十分に研究した。昨年からこのルートは狙っており、赤岳に来るたびによく観察していた。先日も下降路となる真教寺尾根を登り、至近の距離にある東稜をつぶさに観察した。東面では冬型による北西風はだいぶ緩和されることもわかっていた。
勝算も敗退もイメージできていた。どう登るか、同プロテクションをとるか、どう敗退できるか。
アルパインクライミングの本質が不確実性にあるとしたら、僕はそれを徹底的に否定しようとした。
でも、雪、という不確実性は行ってみないとわからない。今回のルートは雪崩危険地帯を通過せねばならない。それが本当に不安だった。


朝に出発し、早速、勝沼からの通行止で出鼻をくじかれる。八ヶ岳には、強風によって形成された分厚い雲がべったりと張り付いている。僕らの気持ちにも何かこうスッキリとしない漠然とした不安が張り付いていた。

スキー場のちびっこたちは無邪気に遊んでいる。陽気で賑やかな声を背に、トレースのない登山道にわかんをつけて踏み入る。ほかに登るものはいない。

雪が降っている。早く止んでくれと祈るが、雪は降り続いた。
早速、腿上までのラッセルが始まる。
ちえ蔵さんが早くも遅れ始める。正直、僕はこの先に不安を覚えた。まあいい、僕が全部ラッセルをすればいいんだ。

降り続く雪の中、牛首山、扇山を越え、正月の真教寺尾根と同じ2380m付近の幕営適地に到着した。テントを張り終えた頃にはすでに16時になっており、ちえ蔵さんもだいぶ疲れていたので、トレース付けのアルバイトは断念し、テントに潜った。

真教寺尾根上は、よく携帯の電話が入る。天気予報をチェックしようと思ったら、うっかり仕事のメールを開いてしまう。しかも、仕事上のミスが発覚する。すぐに会社PCをスマホで遠隔操作し、
リカバリーを図る・・・。嫌な時代になったもんだ。。。
こんなことをしている場合じゃない。あすの天気を確認しなければ。上司よりも山のほうが怖い。

気温-23℃。風速18m。やばいな、本格的に。
迷っていた。

夜は意外と静かだった。相変わらず雪は降っていたようだったが、百薬の長は僕らの不安感を払拭してくれた。

朝。

ばっちりドーピングを決めたからひどい寒さは感じなかったが、テントの氷結感は、酷寒を物語っていた。持ってきた生たまごは、栗きんとんのように固まっていた。逆にちょっとうまそうだった。
耳をすませば、風の音、雪の音は聞こえない。

必要な荷物だけを持って、テントを出発する。ヘッドライトに照らされた白い息を追いかけて、真教寺尾根の2500m付近の平坦地を目指してラッセルする。東稜に取り付くには、大門沢をつめるか、真教寺尾根からアプローチし、途中でトラバースするかの二通りが考えられる。雪深い厳冬期に週末土日でトライするには、後者のアプローチがいいと思う。

目の前には、暗闇に浮かぶ権現・旭・赤の白い稜線。背後には富士が見え始めた。確かに気温は低い。しかし、風は弱かった。これはいけるぞ。そう思った。

予定通り、2500付近でわかんをデポし、東稜に向けてトラバースを開始する。早速、腰まで没するラッセルとなる。
東稜に取り付くには、二つに分かれた大門沢左俣を横切らなければならない。雪崩の危険が非常に高い。弱層を丹念に観察した。どうやら大丈夫そうだ。でもそんなこと言ったって雪崩るときは雪崩る。怖いもんは怖い。下降気味に素早く通過して東稜に取り付いた。
あたりはモルゲンロートに染まる。
静かで、自分の荒い息使いしか聞こえない。何も混じりけのない透き通った空気があたりにあふれている。
トラバースしながらのラッセル

朝だ

大門沢のトラバース。雪崩の危険性が高い。
東稜に取り付くと早速急登のラッセルが始まる。腰まで埋まり、目の高さに雪面が続く。バンザイラッセルでこつこつと高度を上げる。
下界で抱えたあれやこれやのことが、本当にどうでもよくなってくる。僕は、どうやってこの目の前の雪の壁を乗り越えるかだけに集中していた。
天気は抜群によく、雪をまとった木々は青空の中で踊っている。
次第に前方に岩場が見えてきた。第1岩峰と言われる岩場だ。
岩場を眺めてみると、黒い岩から左に5,6m程トラバースしたところから、ルンゼを直登するラインが取れそうだ。予想通り、プロテクションとなる潅木は豊富だ。急な雪面にバケツを掘り、潅木をビレイ点とする。
ここからはロープを付ける。傾斜はあるが、雪はしまっていて、アックスとアイゼンがよく決まる。ルンゼを右の方に上がっていくと、ナイフリッジの尾根上に上がれるようだった。しかし、この最後の部分が悪かった。傾斜がきつく、雪はガンガン崩れる。さらに、乗越す部分が覆いかぶさるように雪が積もっている。
確かな手がかりはない。今にも足元から崩れ落ちそうだ。雪の下からは、ハイマツが出てきた。ツンとした匂いを嗅いだ。
深呼吸をして落ち着き、ハイマツの細い枝にスリングを巻きつけて気休めのプロテクションを取る。

ハイマツ君、僕が落ちたら君は僕の命を本当にを救ってくれるのかい・・・

最後は、少しでも支持力を得ようと、アックスを横埋めにして、雪を切り崩し、尾根上にマントルを返した。
ふー、助かった。

第1岩峰は、左から巻くことが多いらしい。もっと大きく左から巻くと、もっと容易に尾根上に上がれるようだ。
第1岩峰



ルンゼを登る。
ちえ蔵さんは、余裕を持って上がってくる。さすがだ。

そのまま簡単な斜面をちえ蔵さんがラッセルして進む。この先、東稜上で唯一、平坦地となる。風さえなければ、良きテント場である。
平坦地の先には、東稜名物のナイフリッジが続いている。
八ヶ岳、随一と言われるそのナイフリッジは、けっして長くはないものの、左右はすっぱりと切れ落ち、雪山らしい山登りが味わえる。右側の雪庇にさえ注意すれば難しくはない。コンテで進む。
振り返れば、僕らのつけたトレースが続く。雪山の醍醐味だ。
1P目終了点から

2P目は簡単なリッジ

富士

前方に見える第2岩峰までがハイライトのナイフリッジ

開放感がたまらない



右上方には、展望荘が見える。稜線を歩く登山者も見える。近いようだが、多分まだ遠いいのだろう。予想以上に時間が経過している。残念ながら、帰りのリフトは間に合わなそうだ。

再び、岩峰にぶつかる。第2岩峰だ。
ここも予定通り左にトラバースして、潅木の間を抜け、急なルンゼを登ることとする。
確かな支点となる潅木までも崩れやすい雪壁のトラバースとなる。なかなかシビれる。
太めの潅木にビレイ点を作り、潅木の間を縫うように攀じる。傾斜がきつくなる手前の細い潅木でピッチを切った。
雪の状態が悪くどんどん崩れる。

第2岩峰1P目
第2岩峰2P目は、急なルンゼを登る。一般的に核心と言われるパートだ。
しかし、氷化したルンゼは、アックスとアイゼンがよく決まり、快適に登れる。傾斜は70度ほどあるが、崩れやすい雪という不確実性がない分、容易に感じた。ただし、シングルアックスだと少し厳しいかも知れない。
傾斜が少し緩むと、再び万歳ラッセルの雪壁が現れる。ほんの2、3m進むのにも時間がかかる。一度、ピッチを切る。
2P目
さあ、最後のひと仕事だ。
再び崩れやすい雪壁に突入していく。
アックスは全く決まらない。もがけばもがくほど、雪は崩れ、状況は悪くなる。
どうにかこうにかはいつくばって進み、眼前の岩場を避け、左のリッジに乗り上がる。
竜頭峰が見える。赤岳頂上も目と鼻の先だ。すぐ左手には、下降路となる真教寺尾根の看板が見える。

やったぞ、登れたぞ。
腰を下ろすと、目の前に端正な姿の富士山が見えた。
僕は、大きく深呼吸してから、ウィンドクラストした雪面にスノーバーを叩き込んだ。

最後は腰がらみでビレイした

目と鼻の先の稜線は凄まじい風のようだ。稜線から吹き飛んだ雪のかけらがひらひらと空を舞っている。
風の避けられる竜頭峰直下の岩場で一息入れ、稜線に出た。
最後の一歩

赤岳
立っていられないほどの暴風だ。よろめきながら、完登を祝ってハグをする。
たちまちに顔面が凍りつく。
赤岳頂上はカットした。時間もないし、風がやばい。僕は山頂を踏むということをとても大事にしているが、今回は仕方ない。すでに積雪期は7回も頂上に立っている。ルートを登りきったことによる満足感や達成感も強かった。

でもまだ安心はできない。
下降路となる真教寺尾根の上部は、急な雪壁が続く。おそらく鎖は出ていないだろう。
真教寺尾根の下降に入る。
正月に使った鎖は全く見当たらない。しかし、東稜の傾斜に慣れたせいか、それほど傾斜は感じなかった。雪が多い分かえって下りやすいかった。ロープも特に使わず、後ろ向きにどんどんクライムダウンしていく。
予想以上にスムーズに安全地帯に降り立った。
天気はすこし崩れ始めた。
前方には富士山が静かに、あった。とても美しかった。少し涙が出るほど、美しかった。

テントをたたみ、なだらかな真教寺尾根を歩く。
樹林帯だというのに風が強い。昨日、苦労してつけたトレースは、この尾根だけ今日は雪が降ったんじゃないかと疑うほど、トレースが消えていた。わかんに履き替えて再びラッセルして帰る。
まりネエが心配するからと思い、無事、安全地帯に到着している旨、一報を入れる。
扇山を越える頃、夜の帳が降り始めた。

迷いやすいところはあまりないものの、さすがに真っ暗になると不安が募る。トレースも消えているので、慎重に間違えぬように下降した。正月に一度トレースしているから安心感があった。
登山は積み重ねだ。小さく、一歩一歩進むのがいい。

最後は、スキー場の脇を申し訳なく歩かせてもらった。スキー場の人が整地していた。

スキー場の駐車場には我々の車しかなかった。19時を回っていた。
結局、14時間の連続行動になってしまった。しかも、一日中ラッセルしていた。さすがに疲れた。
でも僕らは達成感と満足感に満ち満ちていたのだった。がっつり雪と向き合った一日だった。



赤岳東稜は、八ヶ岳に珍しい雪のルートです。雪の状態次第に行動時間や登攀の難度は大きく変わるでしょう。標高差こそありませんが、終始、傾斜のきついパートが続き、なかなか休ませてくれません。岩峰は直登もできるようですが、それほど容易ではありません。プロテクションは潅木が使えます。雪がしまってくれば、スノーバーも有効でしょう。
中間部のナイフリッジは見事です。
ルートの性質はだいぶ違いますが、赤岳主稜や阿弥陀北稜、石尊稜、天狗尾根などの初級バリエーションルートなどよりは困難で、より濃厚な雪山登攀が味わえます。
今回の山行は、本当に満足のいくものでした。八ヶ岳の山登りの中でもっとも素晴らしい一日でした。
ちえ蔵さん、ありがとうございました。

(組長)


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