Member : U-16、ひがし、J、とね、けいた、じょーじ、まっちゃん、たか、立川、れい、みずき、せり、みっつ、がみ、イチタ
23日 9:00尾白川渓谷駐車場―11:00鞍掛沢入渓―14:40サイト地着
24日 8:00サイト地発―8:20乗越沢分岐―13:00日向山山頂―14:00尾白川渓谷駐車場
Author : イチタ
今回の会山行は15人という大所帯を三つの班に分け、各班をひがし氏、U-16氏、たか氏の三人のリーダーにて率いていただいた。経験の浅い会員も多かったが、各班のリーダー及び沢登り常習者たちの指揮により、全員の安全を確保しつつ、計画は円滑に進められたのであった。
1 冷たい水の中の小さな太陽
鞍掛沢と乗越沢は、南アルプスは日向山の裾を濡らしながら流れる、清楚で端正な沢である。
私たちは尾白川渓谷駐車場から長い林道を歩き、三つのトンネルを通った先にある下降地点から鞍掛沢へ入渓した。白い花崗岩と緑色の水が、やわらかい日差しに照らされている。明るいというのはよいことだ。
キャンプをしながらゆっくりと沢を遡行して、遥かな山の上まで登り詰める、そんな沢登りに憧れていた。山々に対して、空間的にも時間的にも、これまでとは異なる向き合い方ができるかもしれない、というふうに。それは古典的な山登りのスタイルでありながら、ありふれた尾根歩きのオルタナティブな選択として、ゆるやかに心の中を流れていた。
2 Felt or Rubber ?
滝を登るのは楽しい。近頃はこんなことを考えている。家から会社までの道中に、例えば駅舎や交差点の側にいくつかの滝があって、毎朝それを登りながら通勤することができれば、さぞや素晴らしいことだろう。どうにも滝のようなものが必要だという気がする。打たれたり、登ったり、飛び降りたりできる、そういう何かが。滝のある生活、なんてどうだろうか? 近頃はそんなことばかり考えている。
私たちは入渓して間もないが、名前のない小さな滝に着いたところだ。何人かはフェルトソールの沢靴を履いていて、滝を登るのに苦労している。ラバーソールの靴を履いている者たちは、ギターのアルペジオの音色のように軽やかに登っていくことができた。ソールの違いで大きく歩きやすさが変わることに驚かされる。どうやら鞍掛沢と乗越沢には、ラバーソールの方が向いているらしい。
次に現れる夫婦滝ではロープを出して、一人ずつ慎重に登った。恥ずかしながら、二日間でいくつの滝を登り、いくつの滝を巻いたのかは忘れてしまった。しかし鮮やかな色彩と水の冷たさは憶えている。それから、滝を登ることの楽しさについても。
3 釣れないときは……
釣り竿を持って来たメンバーが、途中でテンカラ釣りをやっていた。竿と糸と毛針だけで魚と向き合う、清々しい釣り方だ。するとJさんがあっという間に一匹の魚を釣り上げた。
それから他の釣師たちも気合いを入れだした。魚がいないという安直な言い訳は、もう通用しない。彼らは岩の上で釣り竿を振り、木陰で釣り竿を振り、溺れかけている私の側で釣り竿を振った。けれどもあのJさんの獲物の他には一匹たりとも釣れなかった。
だから我々の釣り日誌は、次のようにいたってシンプルなものとなった。
釣りについて素晴らしい小説を書いたのはヘミングウェイだったかな……
「釣れないときは、魚が考える時間を与えてくれたと思えばよい」と言ったヘミングウェイ。
4 オジラガワ・タイムズ8月24日夕刊の三面記事
「8月23日午後3時頃、頂山の会の会員15名が尾白川渓谷の上流1480m地点の森へ入植した。そこには複数のタープとテントを張ることのできる、彼らにも十分な広さの空き地があった。懸念されていた先住沢屋との遭遇も避けられた。一行は極めて迅速に幕営を済ませ、流木を切って手際よく焚火を起こした。続いてこだわり抜かれた料理の数々が振る舞われた。メンバーの中に狂信的な焚火愛好家や複数の専属料理人が含まれていたとみられる。本誌は彼らのメニュー表のひとつを極秘裏に入手した」
「……彼らがこれほどの大人数でありながら、宗教対立や領土紛争を起こさずに平和な一夜を過ごした事実は、昨今の世界情勢からしてみても実に喜ばしいことである。もっとも、夕刻に爆竹の音が鳴り響いた際には、村落に緊張が走った。誰かがクマに襲われ繁みに引きずり込まれたのではないかという、おぞましい想像が頭をよぎったのである。しかし後に当事者の立川氏の述べた『鳴らしたいから鳴らしました』との証言により、村民たちは安堵に包まれた」
「……特派員によると、現場には微かな焚火跡の他には、彼らの痕跡はなにも残されていないとのことである」
5 日向山へ
翌朝、8時に幕営地を発ち遡行を再開した。1530m地点で右手に現れた大きな滝を、ロープを張って登る。ここが鞍掛沢から乗越沢への分岐となっている。私たちは乗越沢のいくつかの滝を経由して源頭部へ詰め上げ、日向山へ続く稜線に出た。
樹林帯を抜けると、急に開けた砂地へ出る。夏の強烈な日射しの降り注ぐこの砂浜が、日向山の山頂まで続いているのだ。
ひどい暑さに苦しめられながら、なんとか山のてっぺんへたどり着いた。こんな山の上にビーチがあるというのはナンセンスで面白い。「日向山」というのんびりした名前だって、いかにもこの山にお似合いではなかろうか?
私たちは最後に、青い山並みの押し寄せる波打ち際で集合写真を撮った。
家に帰ってから真夜中に写真を見返して、恐る恐る人数を数えてみた。誰も減っておらず、増えてもいないことが、無機質な蛍光灯の光の下で確かめられた。それでようやく、私は安心して眠りにつくことができた。